5年ほど前、国立の「ル・シエル」というフレンチで、わずか6か月だけシェフを務めていた方がいた。
その時に妹と訪れ、目にも美しく、そして本当に美味しいと思った料理たち。
特に印象的だったのは、フォアグラを赤ワインのゼリーで包み、葡萄と合わせた一皿だった。メレンゲの食感が添えられたその料理は、当時の私にとって衝撃だった。
あのシェフは今どこに?
ふと気になって探したところ、銀座で「カウンターフレンチ霧島」という店を任されていることを知る。
しかも、5月末で閉店が決まっているという。
これは行かずにはいられなかった。
- 銀座7丁目、隠れ家のようなカウンター8席
- コースの始まり:前菜3種から感動
- 天竜稚鮎とホワイトアスパラの春の恵み
- 日本一に輝いた「兎のパテ・アン・クルート」
- 千葉勝浦の金目鯛、春の香りをまとって
- ニュージーランド産仔羊と、モリーユクリームソース
- そして、極上のデザートタイムへ
- 余韻を楽しむ小菓子たち
- 店舗情報
- 霧島レブラは、2025年5月末で閉店
銀座7丁目、隠れ家のようなカウンター8席
ビルの入口、控えめな案内板には「カウンター8席の隠れ家空間」「完全予約制」の文字が。つまり、知る人ぞ知るお店なのである。
3階に上がり、重厚なドアを開けると……。
木の温もりが感じられる静かなカウンターが広がっていた。
本日のコースメニューを開くと、シェフ・岡村氏の言葉が記されている。
「シンプルに、深く、多くの人に届く美味しさを」
素材の味を大切に、瞬間の美味しさを最大限に引き出す。そのために、丁寧に手間暇をかけ、緻密に料理を練り上げる。
5日もかけて仕込みをすることもあるという、ストイックな料理哲学だ。
そんな岡村シェフの信条について少しインタビューもさせて頂いた。
フレンチは足し算が大事とされている中で、素材の良さが出ることを考え、かつシンプルになりすぎない塩梅を目指しているとのこと。少し前に流行った分子調理などの調理方法にはあまり興味を持たなかったそうだ。
また、現在は巨匠と呼ばれる方々の高齢化が進んでおり、まもなく引退ラッシュになると言われているそうだ。
その前に、色々なお店に足を運んでお勉強されているらしい。
この料理への探求心が、これから始まるコースの素晴らしさ、それを作る確かな実力の裏打ちにもなっているのだろう。
コースの始まり:前菜3種から感動
まずは、シャンパーニュとともに前菜3種がやってきた。
- 淡路島新玉ねぎムース(トマトのジュレを纏って爽やかに)
- 春野菜と縞海老のテリーヌ
- 桜海老とクロミエチーズのブリオッシュサンド
まずは玉ねぎムースを食べようとグラスを傾けたところ、何やら透明のジュレがムースの上にあることに気づく。
食べてみると、トマトの爽やかな酸味が口の中を駆け抜ける。ムースと一緒に食べることで玉ねぎの甘味と香ばしさとトマトの爽やかさが同時に楽しめる。
トマトと玉ねぎが他の食材を隔てず口内で仲良しこよし……!
ありそうでなかった組み合わせに、驚きと感動。
春野菜と縞海老のテリーヌは、春野菜特有の活き活きとした苦味のなかに海老の味わいが心地よい。
ブリオッシュサンドの桜海老は直前で軽く煎られ、香りが立ち昇ってくる。クロミエチーズと一緒に口に放り込むと、凝縮された旨味が噛むたびに爆発するようだ。
まだ前菜なのにもかかわらず、一品ごとに「わっ」と声が出るほど、香り・味・食感のレベルが高い。
また、自家製のライ麦パンと、鮮やかなオレンジ色のニンジンバターも登場。ほのかな甘みがパンと絶妙にマッチしている。
天竜稚鮎とホワイトアスパラの春の恵み
続くのは、長野産の天竜稚鮎。跳ねるようにわざと少し折り曲げられた稚鮎のフリットが皿自体の様相を活き活きとさせている。
グリーンチリが効いた爽やかな苦みと辛みが、稚鮎のほろ苦さと絶妙に重なる。
次のロワール産ホワイトアスパラは、シンプルにオリーブオイルとバターと茹で汁のみで味付けしているとのこと。
過剰な装飾を排して、素材本来の味をじっくり引き出している。
グラスにはロワール地方のシュナンブラン種のオーガニック白ワイン。ミネラル感と爽やかな果実味が、料理に寄り添う。
日本一に輝いた「兎のパテ・アン・クルート」
お待ちかね、霧島レブラ名物の兎のパテ・アンクルート。
白身肉でパテ・アンクルートを作るという斬新な発想で、第1回パテ・アンクルート世界選手権で審査員特別賞受賞という快挙を成し遂げた一品だ。
日本人の中では一番上、つまり日本一。
内臓までしっかりと使われ、旨みが層を成す。添えられたアメリカンチェリーのマリネが、肉の力強さを軽やかに引き立てている。
当時の大会では「オリジナリティ」が高く評価されたそうだが、実力がなければ、この挑戦は成立しなかっただろう。
千葉勝浦の金目鯛、春の香りをまとって
次の一皿の準備として、目の前には炭火で焼かれた金目鯛が。見るからにふっくらとした身も非常に魅力的。
そうして炭火で皮目をパリッと焼き上げた金目鯛に、ふきのとう、フルーツトマト、行者にんにくを添えた春らしい一皿が登場。
すだちの香りがふわりと立ち、カリカリに揚げた行者にんにくの苦みと香ばしさがアクセントに。素材それぞれが主張しながらも、見事に一体となっている。
グラスには、ミネラル感たっぷりのシチリア白。ミネラルがたっぷりで、料理と同じストラクチャーで、ほぼ同じパズルのピースを重ねているような味わい。
また、厨房中央に置かれていたのは、スチームコンベクションオーブン。
蒸気と熱風を自在に操れる、プロ仕様の調理機器。野菜や魚をふっくら蒸すのはもちろん、肉をしっとり焼き上げることもできる優れもの。
火入れにシビアなフレンチの世界では、今や欠かせない存在なのだとか。
ニュージーランド産仔羊と、モリーユクリームソース
メインはニュージーランド産の仔羊。
ロゼ色に仕上げられた肉質は驚くほどしっとりしている。
そしてソースは、モリーユ茸をたっぷり使ったクリームソース。濃厚なコクと森の香りが、仔羊の力強さと絶妙にマッチする。
2種類の赤ワインを注いでいただき、どちらがより合うか、比べさせていただいた。
仔羊に合わせた2つのピノ・ノワール体験
注いでいただいたのは、ブルゴーニュとニュージーランド、2種類のピノ・ノワール。
ブルゴーニュは、繊細な果実味と土っぽさがあり、モリーユのクリームソースとも調和。仔羊のしっとりした旨みを、ふわっと持ち上げてくれるような優しさが。
一方、ニュージーランドは果実味がよりはっきりしていて、ややジューシーな広がり。仔羊の力強さと寄り添うというよりは、互いに個性を引き出し合うような、少しカジュアルで躍動感のあるマリアージュに。
同じピノ・ノワールでも、産地によって印象が違うのは、やはり面白い。一皿を通じて、ワインの個性の違いを楽しめるのは、カウンターフレンチならではの贅沢だ。
そして、極上のデザートタイムへ
デザートは、5種類の柑橘を使ったテリーヌ。
- ブラッドオレンジ
- 紅小夏
- 八朔
- 甘夏
- 文旦
その下にはサフランソース、上にはヨーグルトアイス。
生姜の砂糖漬けをクラッシュしたものが間に挟まれていて、一口ごとに異なる甘み・酸味・苦味・食感が押し寄せる。
「口の中でパレードが起きているみたい」という表現がぴったりだ。
なんというレベルの高い構成なのだろう……。
余韻を楽しむ小菓子たち
カフェとともに提供されたのは、ほうじ茶のブールドネージュと、自家製ライ麦パンで作られたバニララスク。
ふわっと香るほうじ茶、そしてパリッパリのラスクの優しい甘さをコーヒーと共にじっくりと味わわせていただく。
最後の最後まで、細やかな気遣いを感じる時間だった。
店舗情報
カウンターフレンチ霧島 銀座LES BRAS店
住所:東京都中央区銀座7丁目5-12 ニューギンザビル8号館3階
TEL:03-3289-9666
営業時間:18:00〜23:00(L.O.22:30)
定休日:不定休
霧島レブラは、2025年5月末で閉店
カウンターフレンチ霧島レブラは、2025年5月末をもって閉店予定。
シェフ岡村さんの次なるステージはまだ未定だが、今後の情報は、公式Instagram(@takaaki_okamura)にて発信されるという。
この空間、この料理、この瞬間に出会えるのは、あとわずか。
日本一のパテ・アンクルートを味わいたい方は、ぜひ急いでいただきたい。
そして、シェフの新たな挑戦に、これからも注目していきたい。
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