ビールの味の土台は、発酵が始まるよりも前、「麦汁(ばくじゅう)」づくりの段階で形づくられると言われる。その仕込みの現場を、作り手のすぐ横で体験させてもらった。
訪ねたのは、東京駅からちょうど26kmの場所にある武蔵境の小さな醸造所、26K(ニーロクケー)ブルワリー。わずか3坪という規模ながら、地元の水・ホップ・酵母を使い、これだけ多彩なビールを生み出し続けている。その秘密は、仕込みの一手間と、作り手の「想い」の両方にあった。
重い麦芽を混ぜる肉体労働から、温度で甘さを操る繊細さ、そして金賞ビールの試飲まで。ビールの裏側を一日かけてのぞいてきた記録である。
▲ 体験の様子は動画でも公開中(シリーズ「作り手を訪ねて」)
東京駅から26km、武蔵境・高架下の3坪醸造所

棚にずらりと並ぶ歴代ラベル。多品種小ロットの歩みそのものである。
26Kブルワリーは、JR中央線・武蔵境駅の高架下にある複合施設「ond(オンド)」の一角にある。コーヒー焙煎所、タルト専門店、ナチュラルデリと場所を共にしていて、緑の見える開放的な空間に、小さな醸造設備が収まっている。高架下とは思えないほど居心地のいい場所だ。
店名の「26K」は、東京駅からの距離が約26kmであることに由来する。2018年に誕生した、武蔵野市で初めてのビール・発泡酒の醸造所でもある。地域に根ざした、街のブルワリーなのだ。
そして何より驚くのが、その規模である。醸造スペースはわずか3坪。酒づくりの製造免許の要件が厳しい日本では、この小ささはかなり珍しい。だが26Kは、発酵タンクが小さいという特性をむしろ強みに変えている。「多品種小ロット」を製造コンセプトに掲げ、これまでに200種類以上ものユニークなビールを生み出しているのだ。だからこそ、ラインナップは行くたびに表情を変えていく。

3坪・多品種小ロットという成り立ちを伝える冊子の一節。
その実力は、味でもきちんと証明されている。国内のクラフトビール審査会「ジャパン・グレートビア・アワーズ(JGBA)2024」では、シナモンと三温糖を使ったウィンターエールが、ベルジャンスタイル・ストロング・ダークエール部門で金賞を受賞している。
さらに、IPA「シューティングスター吉祥寺」は、同じJGBAの2023年大会で銀賞を受賞している。スパイスやフルーツで個性を出すビールだけでなく、王道のIPAでも評価されているということだ。小さくても、本気の一杯を届けている醸造所である。

IPA「シューティングスター吉祥寺」はJGBA2023で銀賞に輝いた。
「麦汁づくり」を体験してきた

お湯と麦芽が混ざり合い、糖が溶け出していく。
今回体験させてもらったのは、ビールの元になる「麦汁」づくり。簡単に言えば、麦芽をお湯に浸し、麦のでんぷん質を糖に変えていく工程だ。この糖を酵母が食べ、アルコールへと変わっていく。つまり、ここでの出来が、ビールの味を大きく左右する最初の関門になる。
仕込みの最初に注ぐお湯は75度。ここへ麦芽を入れると湯温が下がり、狙った糖化の温度帯へと落ち着いていく。投入する乾燥麦芽はおよそ60kg。これでできあがる麦汁は200リットルにもなるというから、スケールが大きい。
麦芽を入れたら、底に沈んでいくものを上へ返すように、しっかりと攪拌していく。これを実際にやらせてもらったのだが、想像をはるかに超えて重い。10分ほどで投入を終え、5分間ほど混ぜ続けるのだが、地味に見えてなかなかの重労働だった。これを毎回こなす作り手の体力に、頭が下がる思いだった。なお、仕込みは全体で10〜12時間に及ぶという。

記者自身も攪拌を体験。麦芽は見た目以上に重く、まさに体力仕事だった。
攪拌が終わると、今度はモーターの力を使い、沈んだ麦芽の上澄み、つまり麦汁だけを吸い上げる。底には網があり、麦の殻などはここでせき止められる。吸い上げた麦汁を上から再び全体に流し、均一化していく仕組みだ。この第一濾過の段階で、にごりがすっと取れていく。やり方はブルワーによって異なるそうで、まさに職人それぞれの世界だという。

透明な筒を通すたび、にごりがすっと取れていく。
面白いのは、ここでの温度管理が、つくりたいビールによって細かく変えられていることだ。糖化に関わる酵素は、温度帯によって生み出す糖の種類が変わる。低めの温度なら、酵母が食べやすい糖が多くできてドライに。高めの温度なら、発酵されずに残る糖が増えて甘めに。つまり、温度をコントロールすれば、甘さの出方そのものを設計できるというわけだ。

温度はデジタルで厳密に管理される。一度の違いが味を変える。
この日できあがった麦汁は糖度14度ほどで、なめてみると、じんわりと優しい甘さが広がった。これがやがてビールになるのだと思うと、感慨深かった。

できたての麦汁。糖度14度、じんわりと優しい甘さである。
温度で変わる、ビールの「辛口・甘口」
麦汁づくりでは、糖化の温度帯によって仕上がりの甘さが変わる。低めの61〜63度では糖がしっかり分解され、酵母に食べきられやすいためドライ(辛口)に。高めの68〜70度では分解されにくい糖(デキストリン)が残り、甘め(甘口)に仕上がるという。同じ麦芽でも、温度のかけ方ひとつで表情が変わるのが、ビールづくりの奥深さだ。
ホップは「香りの設計図」

粒状に圧縮されたペレットホップ。袋を開けた瞬間、香りが立つ。
ビールの香りと苦みを担うホップも、間近で見せてもらった。使われていたのは、乾燥させて粒状に圧縮したペレット状のホップ。手に取って嗅いだだけで、青々しく華やかな香りがふわりと立った。
ホップの多くは輸入品に頼っているのが現状だという。一方で、東京でホップを育てるプロジェクトも動いていて、26Kも夏には地元の畑で収穫された生ホップを使っている。
苦みが特徴のIPAになると、一度の仕込みに数キロものホップを投入することもあるそうだ。品種や収穫年によって香りや仕上がりが大きく変わるため、価格もピンキリ。中には1キロ6,000円という高価なものもあるという。当然ながら、収穫してから新しいものほど、香りは豊かに立つ。一杯の奥に、これだけの選択肢があるわけだ。

品種と鮮度で香りは大きく変わる。高価なものは1kg6,000円にも。
ホップの3つの役割
同じホップでも、煮沸(約90分)のどのタイミングで入れるかによって役割が変わる。
- 苦味付け(ビタリング)……最初から長く煮込むことで、しっかりとした苦みを引き出す。
- 香り付け(アロマ)……煮沸の後半に投入し、華やかな香りを残す。
- ドライホップ……発酵の段階で加え、フレッシュで力強い香りをまとわせる。
一杯の輪郭は、こうしたホップの“使い分け”によって、細かく描き分けられている。
いよいよ試飲——金賞ウィンターエールとびわのヴァイツェン

色も香りも異なる飲み比べ。副材料の話を聞きながら味わう。
仕込みを学んだあとは、お待ちかねの試飲タイムである。いただいたのは、びわを使ったヴァイツェン、JGBA金賞のウィンターエールなど。副材料の話を聞きながら飲み比べる時間は、純粋に面白かった。
びわのヴァイツェンは、果実の香りがやわらかく立ち上がる一杯。小麦由来のまろやかさと、びわのフルーティーさが心地よく重なる。金賞のウィンターエールは、シナモンと三温糖が溶け合い、まるで黒糖のような香りがする。アルコール度数は8%程度のリッチな仕上がりながら、重たさはなく、ゆっくりと味わいたくなる。どれも甘さだけが突出するのではなく、香りと苦みがきちんと寄り添っているのが印象的だった。
作り手のこだわりが垣間見えたのが、提供のタイミングの話だ。樽詰めたてのビールは、あえて出さない。1週間ほど落ち着かせ、味がまとまってから飲み手に届けるのだという。「できたてが一番」ではなく、「一番おいしい状態で」。その判断にこそ、姿勢があらわれていると感じた。

樽詰めたてはあえて寝かせる。一番おいしい状態で届けるためのひと手間だ。
なんとも嬉しいのは、お土産に「good luck」というセッションハジー(DAWN SESSION HAZY)のビールをいただいたこと。ジューシーでフルーティーでアロマティック、すぐにごくりと飲み干してしまった。

お土産でいただいたこちらは、26Kが製造を手がける「good luck」のセッションハジー。
知っておくと面白い、ビールの基本
クラフトビールには多彩なスタイルがある。代表的なのは、ピルスナー/ペールエール/ベルジャンホワイト/スタウト/IPA/フルーツビールなど。これらは大きく「エール」と「ラガー」の2系統に分けられる。
- エール……常温に近い高めの温度で発酵させる「上面発酵」。香りや味わいが豊かで、個性が出やすい。
- ラガー……低温でじっくり発酵させる「下面発酵」。クリアでキレのある飲み口が特徴。
ブルワーが教えてくれた、味の見分け方
体験中、印象に残ったブルワーさんの言葉がある。そのブルワリーの特徴を知りたければ、まずシンプルなピルスナーを頼むといい、というものだ。
理由は単純で、シンプルな一杯ほど、隠れる場所がないからである。強いホップの苦みも、スパイスも、フルーツの華やかな香りもない。いちばん素に近い一杯をきちんと美味しく仕上げられる醸造所は、派手なビールも安心して任せられる、ということだ。
かつて酒類のバイヤーとして数千種類のお酒を試飲してきた身にも、この言葉はすとんと腑に落ちた。それから私は、この教えを守ることにしている。
そして、この26Kブルワリーでも、以前ピルスナーのような、クリアでホップの効いたラガー系のビールをいただいたことがあるが、これもまた安定の美味さだったことを、記しておきたい。

黒板のTodays Tapに並ぶ『Friday Golden Lager』。この日も注がれていた、軽やかでクリアな一杯である。
地元の素材と、地域とのつながり
26Kのビールを語るうえで欠かせないのが、「地元」という視点である。仕込みに使う水は武蔵野の水。夏には市内の畑で収穫された生ホップを使い、収穫の時期に合わせてビールを仕込む。さらに驚いたのは、地元で採取した酵母を使ったビールもあるということ。水もホップも酵母も、この土地から。そう聞くと、一杯がぐっと身近に感じられる。
地域とのつながりは、ビールづくりの外にも広がっている。井の頭自然文化園の「ツシマヤマネコ祭り」とのコラボ、中央線の各駅をテーマにした企画ビールなど、街のイベントや他の作り手との協働にも積極的だ。ビールを軸に、人と地域をつないでいく。その姿勢が、ラインナップの多彩さの背景にある。
ビールができるまで(全7工程)
麦汁づくりは、ビールが生まれる長い道のりの一部にすぎない。26Kでは、一杯のビールがおおむね次の流れで完成していく。
- ① レシピ作成……どんな味を、誰に届けるかを設計する。
- ② ラベルコンセプトづくり……ビールの世界観を形にする。
- ③ マッシング(糖化)……今回体験した、麦汁づくりの工程。
- ④ 煮沸・ビタリング……約90分煮沸しながらホップを加え、苦みと香りをつける。
- ⑤ 一次・二次発酵……酵母が糖を食べ、アルコールと炭酸が生まれる。
- ⑥ ケグ詰め・ボトリング……樽や瓶に詰めていく。
- ⑦ 乾杯……飲み手のもとへ。
レシピづくりから乾杯まで、すべての工程に意図がある。工程の意図を知ると、一杯の印象は変わってくる。今回体験できたのは、このうちのほんの入り口だが、それでも十分に世界の奥行きを感じられた。
26Kが掲げる「飲み手ファースト」という想い

すべての判断の根っこにある、たった一つの言葉。
これだけ自由で多彩なビールを生み出しながら、なぜどれもバラバラに散らからないのか。体験を通して気になっていたその問いの答えは、作り手の「想い」にあった。
26Kが大切にしているのは、「誰が、いつ、どこで飲むか」という視点だ。その瞬間にぴたりと寄り添う一杯を、飲むシーンから設計していく。たとえば、夏祭りの帰りに飲みたい地元柑橘のセッションIPA。土地の気候や文化、食との相性を映したレシピで、飲む人の体験そのものを豊かにしたい……そんな考え方である。
多品種小ロットは、気まぐれではない。一杯ごとに飲み手とシーンを思い描いているからこそ、ラインナップは次々と表情を変えていく。樽詰めたてを寝かせるのも、地元の素材にこだわるのも、すべてはこの一点につながっている。一杯のビールが、地域と人をつなぐきっかけになるように。その想いが、3坪の小さな醸造所から、今日も街へ届けられている。
よくある質問(FAQ)
そもそも「麦汁」とは?
麦芽をお湯に浸し、でんぷんを糖に変えて取り出した甘い液体のこと。これを煮沸し、ホップを加え、酵母で発酵させるとビールになる。いわばビールの“もと”である。この日の麦汁は糖度14度ほどだった。
クラフトビールはなぜ常温で保管できないの?
多くのクラフトビールは、生きた味わいを守るために熱処理をしていない。そのため冷蔵保管が基本となる。常温に置くと、香りや風味が変化したり、品質が落ちたりしやすい。持ち帰ったら、早めに冷蔵庫へ。
クラフトビールと普通のビールは何が違うの?
大きな違いは「自由な発想とこだわり」にある。地域の食材や文化を反映したレシピなど、作り手の個性が前面に出るのがクラフトビールの魅力だ。地元の水・ホップ・酵母を使う26Kのビールづくりは、まさにその代表例といえる。
店舗情報
| 店名 |
26K(ニーロクケー)ブルワリー |
| 住所 |
東京都武蔵野市境南町3-2-13 ond内 |
| アクセス |
JR中央線「武蔵境」駅から徒歩約8分(高架下) |
| オープン |
2018年2月(武蔵野市初のビール・発泡酒醸造所) |
| 規模・特徴 |
醸造スペース3坪/多品種小ロット/これまでに200種類以上製造 |
| 運営会社 |
株式会社スイベルアンドノット |
| 公式サイト |
https://26k-brewery.com/ |
まとめ
麦汁づくりの体験は、ビールの味がどこで決まるのかを、手と舌で理解できる貴重な時間だった。重い麦芽を混ぜる肉体労働、温度で甘さを操る繊細さ、ホップの使い分けなど、その一つひとつに、作り手の判断が宿っている。
そして、水もホップも酵母も地元から、というこだわり。樽詰めたてをあえて寝かせる丁寧さ。そのすべてを貫いているのが、「誰が、いつ、どこで飲むか」を起点にした飲み手ファーストの姿勢だった。3坪の醸造所のビールが多彩でいてぶれない理由が、少し見えた気がする。武蔵境を訪れた際は、ぜひその一杯を味わってみてほしい。
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この記事を書いた人:らむこ
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